競馬の血統を見ていると、「クロス」、「インブリード」といった単語をよく耳にするかと思います。ちなみに「クロス」と「インブリード」は同じ意味となります。
この「クロス」が「同じ血が入っている」程度には理解している方も多いかと思いますが、ではなぜ「クロス」が発生するのか?発生するとどうなるのか?正確に答えられる方は多くないかと思います。
そこでこの記事ではこのあたりの疑問を解消するため、クロスの基本やクロスが発生するとどうなるかなど、そのメリット・デメリットについても解説していこうと思います。
目次
クロスとは近親配合のこと
まずは「クロス」とは何なのか?この疑問に答えていきましょう。「クロス」を分かりやすく説明すれば、「近親配合」ということになります。
競走馬の母馬・父馬を遡ってみるための「5代血統表」というものがあります。この5代血統表において、父馬と母馬の先祖に同じ馬名が入っている状態を「クロスが発生している」状態といいます。
では、そのクロスの見つけ方を解説していきましょう。
血統表の赤文字に注目
上の血統表は、2020年に牝馬クラシック三冠を達成したデアリングタクトの5代血統表です。この5代血統表をあまり見慣れないという方は、以下の記事で詳しく解説していますので、そちらを一度読んでみましょう。
デアリングタクトの血統表の中で、「サンデーサイレンス」、「Hail to Reason」、「Northern Dancer」という馬名がそれぞれ父系、母系に入っており、その馬名が赤文字になっているかと思います。
すべての血統表で赤文字になっているわけではありませんが、太字になっているなど目立つような表記になっています。
デアリングタクトの場合、上記3頭のクロスが発生している血統となります。
4×3=18.75%?クロスの計算方法を紹介
「クロス」とは近親配合であり、同じ馬を先祖に持つ馬同士の配合で発生するものということはお分かりいただけたかと思います。
続いて気になるのが「血量」という考え方。さらに血量にはいろいろなケースがあり、この血量次第で競走馬の能力に与える影響が大きくなったり小さくなったりします。
では、この血量の考え方や計算方法、さらに「奇跡の血量」と呼ばれる配合に関して解説していきましょう。
血量の考え方
血量とは文字通り、その競走馬の血液中、どのくらいそのクロスの血が入っているかを示すものです。
とはいえ難しい話ではなく、計算は非常に単純。最初に紹介したデアリングタクトで言えば、父と母の血が半分ずつ入っているわけですから、エピファネイアの血が50%、デアリングバードの血が50%の血量となります。
さらに祖父母にあたる馬の血量がそれぞれ25%ずつで、曾祖父母の血量がそれぞれ12.5%ずつと、代を遡るごとに半分になっていきます。
「クロス」の場合、母系と父系に同じ血がありますので、血量として計算する場合はそれぞれの血の量を足すことでその量を算出することになります。
デアリングタクトの場合、父系の4代前(6.25%)にサンデーサイレンスが入っており、母系の3代前(12.5%)にも同じくサンデーサイレンスの血が入っています。この2つの血量を足して18.75%がデアリングタクトの持つサンデーサイレンスの血量ということになります。
血量計算早見表
血量早見表 | 父系 | |||||
1代前 | 2代前 | 3代前 | 4代前 | 5代前 | ||
母系 | 1代前 | 100.000% | 75.000% | 62.500% | 56.250% | 53.125% |
2代前 | 75.000% | 50.000% | 37.500% | 31.250% | 28.125% | |
3代前 | 62.500% | 37.500% | 25.000% | 18.750% | 15.625% | |
4代前 | 56.250% | 31.250% | 18.705% | 12.500% | 9.375% | |
5代前 | 53.125% | 28.125% | 15.625% | 9.375% | 6.250% |
血量は単純な足し算で算出できますので、早見表にしてみました。1代前と1代前、つまり両親が全く同じであれば、血量は100%になります。そんなこと起こりえないと思われるかもしれませんが、競馬では不可能ではありません。
例えば95年オークス馬のダンスパートナーと96年菊花賞馬のダンスインザダーク。この両馬はともに父サンデーサイレンス×母ダンシングキィという全姉弟です。この2頭を配合させれば、理論上血量100%の競走馬が誕生するわけです。
とはいえ、こんな近親配合は競馬界でも行われません。このあたりは後にメリット・デメリットの部分で詳しく解説しますが、クロスには適度な血量があるといわれています。このあたりを解説していきましょう。
奇跡の血量は18.75%
競馬発祥の国イギリスでは、すでに1800年代からこの「奇跡の血量」という概念が存在していたといわれていますが、現代に続く「奇跡の血量」の研究が発表されたのは1940年代のアメリカでした。
何万頭にもおよぶ競走馬の血統と成績を検証していた結果、もっともすぐれていたクロスの配合理論がこの「奇跡の血量=18.75%」というもの。この理論はすぐに日本にも持ち込まれ、1951年にこの奇跡の血量を持つトキノミノルが10戦全勝で日本ダービーを制したことから定着したといわれています。
奇跡の血量とは、競走馬の能力を高める限界の数値といわれ、これ以上濃い血量を持つ馬はデメリットが強くなるため結果を残しにくいとされています。
奇跡の血量となる組み合わせは、上の早見表を見て分かる通り、3代前と4代前の組み合わせ。この組み合わせを表記する場合「4×3」、「3×4」と表記されます。
つまり競馬界の血統理論における「4×3」の回答は「12」ではなく「18.75」となるわけです。
競走馬にプラスの効果をもたらす可能性があるクロスの組み合わせは、早見表の青文字の部分のみ。「4×3」以外には「5×4」、「5×3」、「4×4」、「5×5」の5パターンとなります。
クロスのメリットとデメリット
- メリット → 競走馬の能力が強調される可能性がある
- デメリット → 競走馬の体質や気性に問題が発生する可能性がある
- デメリット → 引退後の繁殖活動に制限が出る可能性がある
ここまではなぜクロスが発生するのか、クロスとは何なのかについて解説してきましたが、ここからはクロスが発生するとどうなるかについてまとめていきましょう。メリット・デメリットに関して解説していきます。
クロスのメリット 能力が強調される可能性がある
まずはメリットから。メリットはこの1点ですが、競走馬にとってこれほど大きな影響はないだろうというポイントとなります。
同じ血が含まれている場合、その血が持つ能力が強調される可能性が考えられます。デアリングタクトの場合サンデーサイレンスの奇跡の血量を持っていますので、サンデーサイレンスが持つスピード、瞬発力、勝負根性などの能力が非常に高くなる可能性があります。
さらにHail to Reasonから芝適性やスタミナ、Northern Dancerからスピードを強く受け継いでいれば、非常に強い馬が誕生する可能性があるということになります。
そう考えると多くの馬産者が、クロスが発生するように種付けを行えばいいということになりますが、クロスはメリットだけではないのがポイントです。
クロスのデメリット① 体質や気性に問題が発生することがある
クロスにおける最大のデメリットは、体質や気性面で問題のある産駒が生まれる可能性があるということです。
クロスされた血は、その特徴を強調するといわれていますが、これは何もポジティブな部分だけではありません。当然マイナスとなる特徴も強調されて遺伝する可能性があり、これが競走馬の性格や体質に大きな影響を与える可能性があります。
例えばサンデーサイレンス。よく言えば勝負根性の塊のような馬ですが、現役時代はレース中ライバル馬に嚙みつきに行くほど気性の荒い馬でした。いわゆる気性難の一面も持ち合わせており、サンデーサイレンスのクロスを持つ馬は、この気性難も強調されて受け継ぐ可能性があります。
また、そもそもクロスは近親配合です。近親配合というだけで体質面の問題や気性面の問題は発生しやすく、能力がいくら高くても、それをレースで発揮できない馬になってしまう可能性も大いにあるわけです。
クロスのデメリット② 引退後の繁殖に影響が出る可能性も
馬主サイドとして無視できないのが引退後の問題です。競走馬として輝かしい実績を残した牡馬は種牡馬になります。牝馬に関しては、活躍がそれほどでもなくても、血統が良ければ繁殖牝馬ということになります。
種牡馬としても繁殖牝馬としても、すでに自身がクロスを持っていることは、配合の際にマイナスになる可能性があります。
上でも説明した通り、濃すぎるクロスはデメリットの方が大きくなる可能性が高く、避けられるのが一般的。そうなると種付けができる相手がそれだけ限定されるため、種牡馬、繁殖牝馬としての価値はあまり高くなりません。
こういったデメリットから、クロスをあまり歓迎しない馬主がいるのも事実です。
クロスを持った名馬たち
「クロス」もしくは「インブリード」という言葉でネット検索すると、多くの記事でヒットするのは「クロスを持つ馬は強くなる」という論調。これは一部当たっていますが、表現としては正しくありません。
「クロスを持つ馬は強くなる可能性がある」というのが正解であり、クロスを持っていれば必ず強くなるわけではありません。上でも紹介した通り、クロスを持つことで、その血のいい部分が強調される可能性はありますが、同時に悪い部分も強調される可能性があるからです。
とはいえ、クロスがうまく作用すれば、化け物クラスの名馬が誕生するのは事実。そこでクロスを持つ過去の名馬を何頭か紹介しましょう。
ちなみに上の動画のサイレンススズカも、Turn-toの4×5のクロスを持つ名馬です。
【狂気の配合】エルコンドルパサー
生涯戦績 | 11戦8勝【8.3.0.0】 GⅠ3勝 |
主な戦績 | 98年 NHKマイルC(GⅠ) 98年 ジャパンC(GⅠ) 99年 サンクルー大賞典(仏GⅠ) 99年 凱旋門賞(仏GⅠ) 2着 |
父 | King Mambo |
母父 | Sadler’s Wells |
クロス | Special(Lisadell) 25.00%(4x 4 x 3) Northern Dancer 18.75%(4 x 3) Native Dancer 9.38%(4 x 5) |
近年日本競馬界における最強の「クロスの怪物」といえばエルコンドルパサーで間違いないでしょう。一般的には危険ともいわれている「25.00%」の血を持つ配合で、現役時代は「狂気の配合」とも呼ばれました。
ちなみにSpecialという馬とLisadellという馬は全く同じ配合を持つ全姉妹。血統表ではイメージしにくいかもしれませんが、実際に配合を書くととんでもない配合になります。
父系の曾祖父(父母父)が名馬ヌレイエフ。この馬の両親がNorthern DancerとSpecialです。さらに母系の祖父(母父)がSadler’s Wellsでこの両親がNorthern DancerとSpecialの娘となります。つまりNorthern Dancerは、SpecialとSpecialの娘双方に仔を生ませており、その双方の血を持っているということに。
さらに付け加えれば、母系の曾祖母(母母母)がSpecialの妹という、常識では考えられないレベルの近親配合を行っており、これらのクロスが爆発した結果エルコンドルパサーという怪物が誕生しました。
【光速の荒武者】オルフェーヴル
生涯戦績 | 21戦12勝【12.6.1.2】 GⅠ6勝 |
主な戦績 | 11年 牡馬クラシック三冠 11年・13年 有馬記念(GⅠ) 12年 宝塚記念(GⅠ) 12年・13年 凱旋門賞(仏GⅠ) 2着 |
父 | ステイゴールド |
母父 | メジロマックイーン |
クロス | ノーザンテースト 18.75%(4 x 3) |
クロスのいい面も悪い面も持ち合わせた名馬といえるのがオルフェーヴルでしょう。現役時代はクラシック三冠を含むGⅠ6勝。凱旋門賞で2度2着をマークしている日本馬はこの馬のみです。
オルフェーヴルの血統を見ると、父系の祖母はサッカーボーイの全妹。さらに母系にはパーソロンやヒンドスタンといった、60~70年代に日本競馬で活躍した日本ならではの血統が集まっています。
持っているクロスは、80~90年代に日本競馬を席巻した「ノーザンテーストの4×3」という黄金血統。血統面の特徴としては「ステイゴールド×メジロマックイーン」というニックスも持ち合わせています。
このクロスの影響か、強烈なスピード、瞬発力、勝負根性を持つものの、同時に気性難という悪癖も持ち合わせていたのがオルフェーヴル。12年の阪神大賞典では、3角で外ラチ沿いまで逸走し番手を大きく下げながら、直線で再びレースに復帰すると、鬼のような脚で2着まで突っ込んでくるというとんでもない競馬をみせてくれました。
ちなみにニックスに関してはここではあまり触れませんが、これも血統理論では重要なポイント。ニック氏に関しては以下の記事で解説しています。
クロスを持たない名馬たち
強い馬はすべてクロスを持っているかと言われるとそんなことはありません。ここからはクロスを持たない馬、いわゆるアウトブリードながら活躍した名馬をご紹介しましょう。
上の動画のカネヒキリは中央ダートGⅠ4勝・地方交流GⅠ4勝のダートの怪物ですが、カネヒキリは完全アウトブリードの怪物です。
【ターフを飛んだ怪物】ディープインパクト
生涯戦績 | 14戦12勝【12.1.0.1】 GⅠ7勝 |
主な戦績 | 05年 牡馬クラシック三冠 06年 天皇賞・春(GⅠ) 06年 宝塚記念(GⅠ) 06年 ジャパンC(GⅠ) 06年 有馬記念(GⅠ) |
父 | サンデーサイレンス |
母父 | Alzao |
クロスを全く持っていない名馬で真っ先に名前が挙がるのがディープインパクトでしょう。父サンデーサイレンスに、Northern Dancer系の母ウインドインハーヘアという配合で、クロスは全く持ち合わせていません。
クロスを持たないアウトブリードと呼ばれる配合の特徴は、体質面が強く長く活躍する馬が出やすいことが挙げられます。ディープインパクトも活躍期間こそ4歳まででしたが、3歳時には菊花賞の後に有馬記念に出走したり、4歳時には凱旋門賞から帰国して間もなくジャパンCに出走するなど、タフネスな一面も持っていました。
【シャドーロールの怪物】ナリタブライアン
生涯戦績 | 21戦12勝【12.3.1.5】 GⅠ5勝 |
主な戦績 | 93年 朝日杯3歳S(GⅠ・現朝日杯FS) 94年 牡馬クラシック三冠 94年 有馬記念(GⅠ) |
父 | ブライアンズタイム |
母父 | Northern Dancer |
ディープインパクト同様、牡馬クラシック三冠を制し、同年の有馬記念も制したナリタブライアンもアウトブリードの名馬。「シャドーロールの怪物」と呼ばれた通り、臆病な一面もありましたが、皐月賞を3馬身1/2、ダービーを5馬身、菊花賞では7馬身差と三冠全てを圧勝で飾った名馬です。
ナリタブライアンは「レースで馬を鍛える」という信念を持つ大久保正調教師の元、多数のレースに出走。初GⅠ制覇となった朝日杯は実にデビュー7戦目。8月デビューで4か月間で7戦をこなすというタフなローテーションを苦もなくこなした馬でもあります。
ちなみにナリタブライアンの半兄ビワハヤヒデ(父・シャルード)は持ち込み馬。父系にナスルーラの5×5を持ってはいましたが、父母間のクロスは持っていませんでしたがこちらもGⅠ3勝。
両馬の馬主である早田氏はアウトブリード交配を好む馬主ですが、その理論でこの兄弟が日本に誕生したことになります。
今後注目したいクロス血統
結論としてクロスがあるから強くなるのではなく、クロスがあると強くなる可能性があるというのが正解。ではどんなクロスに注目するのがいいのでしょうか?
ここまで紹介してきたのは過去の名馬であり、現在同じクロスを形成するのは難しくなっています。そこで2021年現在において、これから注目すべきクロスを紹介しておきましょう。
サンデーサイレンスの4×3
2021年現在、もっとも注目を集めるのは「サンデーサイレンスの4×3」という奇跡の血量です。このクロスを持つ馬から、すでにデアリングタクト、エフフォーリアという超大物が誕生しており、今後も多くの活躍馬が出るとみられています。
ちなみにサンデーサイレンスの4×3を作る可能性がある種牡馬は、2代前もしくは3代前にサンデーサイレンスの血があることが条件になります。現役活躍種牡馬の中で、この条件に合う馬を並べてみましょう。
★サンデーサイレンスの4×3が発生する可能性がある種牡馬一例
- キズナ(父父サンデーサイレンス)
- エピファネイア(母父父サンデーサイレンス)
- オルフェーヴル(父父サンデーサイレンス)
- モーリス(父母父サンデーサイレンス)
- ドゥラメンテ(母父サンデーサイレンス)※2021年8月死亡
- スクリーンヒーロー(母父サンデーサイレンス)
- キンシャサノキセキ(父父サンデーサイレンス)
- ゴールドシップ(父父サンデーサイレンス)
- ジャスタウェイ(父父サンデーサイレンス)
- ヴィクトワールピサ(父父サンデーサイレンス)※2020年よりトルコへ
2021年11月10日現在の種牡馬ランキングTOP20の中に、サンデーサイレンスの4×3が可能な種牡馬がこれだけ入っています。ドゥラメンテは2021年の種付け後に死亡してしまったため、2023年デビュー組がラストクロップ、ヴィクトワールピサは2020年よりトルコで種牡馬入りしていますので、日本産の産駒は2021年デビュー組が最後になります。
このほかにも2021年シーズンで引退、種牡馬入りが決定しているコントレイルも父父サンデーサイレンスとなり、親子三代クラシック三冠の期待が膨らみます。
ほかにもサンデーサイレンスの奇跡の血量を実現できる種牡馬、また繁殖牝馬は多く、こういった馬の血統を探したいという方には、スマホで簡単に血統を検索できるアプリがおすすめ。以下の記事で詳しく紹介していますので参考にしてください。
まとめ
競走馬の血統のおいて、クロスはその馬の能力を推し量るには非常に重要な要素となります。ただしクロス自体が近親配合となるため、メリットばかりではなくデメリットが発生するのも事実。こうしたメリットやデメリットを見極めたうえで、馬券検討に役立てたいところです。
ここではクロスの基本的な部分に関して解説してきましたが、より深く血統について、クロスについて勉強をしたいという方には、血統の勉強法に関してまとめた記事がありますので、そちらも参考にしてください。